この記事の要点
- シーゲルが1946年にマフィアを導入したという説は事実ではない。
- マフィアの存在はシーゲルの登場より10年近く前から当地にあった。
- 1931年には既にライセンスを取得したカジノが稼働していた。
概要
ベンジャミン・“バグジー”・シーゲルが1946年にラスベガスへマフィアを持ち込んだという説は誤りである。シーゲルはフラミンゴの創業者ビリー・ウィルカーソンのギャンブル依存症を利用して、建設中だったリゾートを乗っ取ったに過ぎない。
実際には、マフィアの到来はシーゲルの登場よりも10年近く遡る。1931年にネバダ州でギャンブルが合法化される以前から、マフィアの関与は存在していた。その一例として、モーリス・H・“ゴールディ”・ゴールドスワースが挙げられる。彼はアリス・“マ”・モリスが運営する「レッド・ルースター」に協力し、1931年4月1日にラスベガス・ストリップで最初のライセンス取得カジノとして運営させた。
シーゲルが1940年に当地を訪れた際も、すでにレースワイヤー市場への投資などを行っていた。彼はパートナーのモー・セドウェイと共に競馬情報の配信事業を展開し、複数のカジノで賭けを運営していた。これらはすべて、東海岸のギャングであるマイヤー・ランスキーの指揮下で行われていた。
日本の読者にとって
ラスベガスでは歴史的にマフィアがギャンブル運営に関与してきたが、日本国内ではカジノはIR整備法に基づき、MGM大阪株式会社などが進める大阪IRなどの区域内でのみ認められている。日本国内で認められているのは公営競技や宝くじなど限定的なものであり、それ以外の賭博は刑法により禁止されている。
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